傀儡の恋
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ザフトがこちらを排除しようとして動いていたのはわかっていた。
しかし、最新鋭機を自爆させてまでフリーダムを破壊しようとするとは予想もしていなかった。
『キラ!』
カガリの悲鳴が耳に届く。
「落ち着きたまえ。脱出装置が作動している。彼は無事だ」
そんな彼女にラウは冷静な声を作ってそう言う。
「これから彼を拾いに行く。ラミアス艦長」
『わかっているわ。こちらは任せて』
脱出装置が正常に働いているから、命には支障がない。それがわかったのだろう。ラミアスは即座にこう言い返してきた。
しかし、どうやってこの場を逃れるというのか。
それが気にかからないと言えば嘘になる。歴戦の勇者とも言える彼女の指示はラウが見ていても感嘆することが多いのだ。
だが、今はキラを無事に安全な場所に連れていくことの方が優先だろう。
これだけ浮遊物がある今ならば、多少動いても大丈夫だ。自分が乗り込んでいる機体ですら、戦闘で破壊されたそれだと判断されるだろう。
それでもうかつなことはできない。動力を使えば相手のセンサーに引っかかる可能性がある。
海流に流されている漂流物のように移動していけばいい。
だが、それは本当にゆっくりとした動きでしかないと言うのも事実。少しでも早くキラの無事を確認したい身にはじれったいとしか思えなかった。
だが、急いては事をし損じる。
それをよく知っている以上、ここは我慢するしかない。
「酸素はきちんと供給されているはず。この水圧にも耐えられる構造だ。敵の切っ先はコクピットには届いていなかったしね」
だから、何も心配はいらない。自分にそう言い聞かせる。
その時だ。
上から衝撃がおそってくる。
「何だ?」
反射的に視線を向けてしまった。もちろん、実際に見えるわけではない。こういう反射的な行動はどれだけの時を重ねようとも人類から消えるものではないようだ。
「……アークエンジェルか?」
モニターに映し出されているのはあの巨体だ。
だが、撃墜されたわけではないらしい。間違いなくラミアスの偽装工作の余波だろう。
「いったい何をしたのか」
だが、こちらとしてもこれは好機だ。
海流を利用してフリーダムの脱出装置が落下したと思われる地点まで移動をする。
「いた」
そうすればビーコンをキャッチできた。それに導かれるように機体を移動させていけば脱出用のカプセルが確認できた。
よほど頑丈に作られているのか。あの衝撃でもほとんど傷らしいものは確認できない。
「無事なようだね」
ほっとため息を一つつくとマニピュレータですくい上げる。
「皆も心配しているだろうね」
覚悟しておきなさい。小さな笑いと共にそうつぶやく。そのままアークエンジェルと合流するために動き出した。
「フリーダムを失ったのは痛いね」
ラウは空きが増えたデッキを見つめながらこうつぶやく。
「まぁ、それに関しては宇宙にいる連中がなんとかしてくれるだろう」
それにマードックが言葉を返してくる。
「もっとも、キラが元気になるまではこのままでいいだろうが」
それにラウもうなずく。
「機体があればすぐに飛び出しかねないからね、彼は」
少しは周囲に任せればいいものを、と苦笑を浮かべた。しかし、それがキラだと言われては反論のしようもないが。
だから、今回はいい機会だろう。
「軍医どのに頼んで少し長めにベッドに縛り付けておこうか」
「それがいいかもしれないな」
ラウの言葉にマードックがうなずく。
「その間はお前さんが頼りだ」
「任せておいてください。万全の機体で戦えますからね」
ザフトの整備陣よりも自分に合った機体に仕上げてくれる。ナチュラルだろうとコーディネイターだろうと、職人の技量は侮りがたいと言うことだろう。
「それが俺たちの仕事だからな」
そう言って笑う彼が心強く感じられた。
しかし、あのアスランが女性を連れて逃げ込んでくるとは予想もしていなかった。